大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和30年(行)111号 判決 1958年3月26日

原告 岡田彦太郎 外三十名

被告 農林大臣

主文

原告らの本件訴のうち別紙第一目録記載の土地に関する農地法第八十条第一項の認定処分を求める申請に対する不許可処分の取消を求める部分は別紙第二目録記載の土地を除くその余の土地につき適法である。

原告らの本件訴のうちその余の部分はいずれもこれを却下する。

事実

原告ら訴訟代理人および原告江碕健三は、原告らが別紙第一目録記載の土地(以下本件土地という)につき同目録記載の各日時になした(一)農地法第八十条の認定処分(二)農地法第五条、同法施行規則第六条による売払移行の借地権設定処分または同法による所有権移転処分、(三)農地法施行規則第四十六条の貸付または同規則第五十条による売払の承諾を求める申請に対する被告の昭和三十年十月六日および同月十五日付不許可処分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一、本件土地は何れも原告らが旧自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)第三条により買収され、後、愛知県知事が自創法施行規則第七条の二の三の規定によつて五箇年売渡保留地に指定し、現在売渡を保留されている国有農地であるが、立地条件と現況について観察してみると、名古屋市は膨脹力がめざましく、最近の情勢から住宅地の払底が急迫しているし、その他の地区についても、就中守山地区に対しては昭和三十一年八月十三日建設省から特別都市計画施行地区に編入され、それに伴い昭和三十二年四月都市計画税が徴収されて都市的発展助成のための道路網の整備、公園その他の文化設備費にあてられているし、小牧地区は米軍小牧飛行基地の大拡張と該基地に接する国内空港として、現規模を、羽田空港につぐそれに拡大する計画が進められ、近く小牧を起点として名古屋、大阪間を結ぶドイツ式アウトバーンが開設されるし、稲沢地区は最近大和紡績株式会社が進出し、隣接地六万坪を工場敷地として買収し、建設途上にあることから、何れも宅地化される公算が大である。そこで、原告らは三箇年ないし五箇年間継続の住宅建設事業の具体的計画をたて、所要資金を用意し、本件土地を占有することができ次第順次着工することができる準備を完成しているから、本件土地は農地法施行令第十六条第一項第四号の条件を具備し、したがつて、農地法第八十条第一項の積極認定を受けることができる適地である。

そこで、原告らは農地法第八十条第一項の認定を求める旨の申請をしたところ、処分庁はこれを拒否する旨の処分をした。然し。その拒否の理由は何ら法的根拠のないものであるから、違法である。

即ち、売渡保留地というのは、立地条件その他客観的条件からみて近い将来宅地化されるべき土地であり、かつ農地法第八十条の認定を条件として旧土地所有者に同条による優先売払を受ける権利が認められた土地であるから、売渡保留地においては農業生産力の増進、農民の地位安定という支配原理は、宅地化による利用価値の増大、商工生産力増進、都市計画事業の参加者たる地主優先という原理に転換されるべく、農地法第八十条は右原理転換の所産による規定である。そして、同条の認定の本質は同法施行令第十六条に定めるように「施設の用に供する必要ある緊急かつ確実な土地」であるかどうか、すなわち、近い将来、その立地条件その他の客観的諸条件と都市発展力から測定されるべき宅地の長期的需給関係の均衡の高度蓋然性の有無を判定し、それら客観的事実の確認を内容とする積極、消極の行政処分であるから、その処分は性質上法規裁量で、自由裁量の余地はない。いいかえれば、農林大臣は当該土地の旧所有者の農地法第八十条による認定の申請の有無にかかわらず、当該土地につき積極または消極の認定をなすべき義務を負うているから、農林大臣が全く認定をしないか或は右蓋然性を無視した反対の認定をすれば、それにより、同条の定める旧土地所有者の優先権を侵害し、ないしはその権利行使を妨害することになるから、その不作為もしくは作為の処分は違法であつて当然無効である。すなわち、認定前における保留地上の旧所有者は積極認定がなされることを条件とする優先買受権という法律上の期待権を有し、農林大臣の違法の認定処分は右優先買受権を侵害するものである。

ところで、農地法第八十条の認定の方法は、必ずしも独立の行政処分をもつてすることを要しないから、売払移行の貸付許可処分中においてもなし得る。そして同条の認定の実現の手続規定すなわち同条の認定を前提とする売払に関する手続規定として、(一)農地法第五条、同法施行規則第六条による場合、(二)同法施行規則第四十六条もしくは第五十条による場合が考えられるので、原告らは農地法第八十条第一項の認定を求める申請をするに当つて、これらを含む併合申請の形式をとつたのである。

農地法第五条、同法施行規則第六条による申請について。

農地法第五条、同法施行規則第六条は保留地その他国有農地を含む農地一般につきその転用のための農地法第三条第一項の権利の設定、移転に関する一般の原則規定であつて、土地所有権の新取得者又は新借地人が当該土地上で農業以外の施設ないし事業を長年月の間経営しようとする場合に関する規定でありそれは、かかる転用目的の所有権の移転又はその移転に移行せしめる前提手続としての借地権を設定する場合の手続規定として妥当するから、農地法第五条、同法施行規則第六条は農地法第八十条と関連をもつところの同条の実質的手続規定ということができる。なぜなら、農地法第八十条第一項に規定する売払の方法には、その売払の目的のために直ちに所有権を移転する方法と、その前提としてまず売払までの一時的借地権を設定しこれを所有権移転に移行させる方法とがあり得るからである。

農地法施行規則第四十六条および第五十条による申請について。

農地法施行規則第四十六条は、保留地を旧所有者に一時的貸付をする場合と、保留地以外の国有農地の転用のための一時的貸付の場合との両者を含む規定であり、同第五十条は保留地のみに関する規定であるが、何れも農地法第八十条の認定の直接効果の具体的完成のための権力的な一連の行為で、右認定と不可分の関係にある。それであるから、農地法施行規則第四十六条および第五十条が、それらによる申請につき法文上申込による承諾という契約の形式をとつていても、それは単なる私法的な申込および承諾とはその本質を異にし、右申請に対する農林大臣の行為は、農林大臣が行政庁としての優勝の立場において農地法に基いてなす公法行為であり、本件申請はかかる権利の設定を目的とする行政行為を求めたものであるから、それに対する許否行為は行政処分であり、かつ法規裁量処分であつて、自由裁量処分に属しない。

元来、行政財産は国が公共の福祉のために管理する財産であるから、その管理処分は対外的には公法行為に属する。そして、保留地は公共の福祉のために買収した農地で、また究極において国民生活の安定のために第一次的には旧土地所有者に売り払うために保有している国有財産であり、経済的価値の維持を目的とする私産ではないから、国有財産法上明らかに行政財産である。そして、農林大臣管理の国有財産は保留地と保留地以外の国有地とを含む関係上、農地法施行規則第四十六条は行政権の主体である農林大臣が行政処分による右保留地の旧所有者えの売払移行の一時貸付の場合と、国有財産の管理者たる農林大臣が右保留地以外の国有地の管理方法として私経済主体の立場で私法的行為による一時貸付をする場合とを含むので、農地法施行規則第四十六条は農地法第八十条の手続規定の一であるということができる。

なお、農地法施行規則四十六条による申請に対する許否行為は、元来農地法第八十条の認定行為の具体的完成のための権力的な一連の行為で、該認定と不可分の関係にあるから、同条ときりはなして考えることはできないのであつて、農地法施行規則第四十六条の規定に基く申請は、農地法第八十条の認定を含む一連の行為による権利の認定を求める趣旨であり、これに対する許否行為も公法で律せられるべき処分である。

右のように述べ、被告の主張に対し、次のとおり述べた。

被告は、本件土地中には既に売渡済の土地があるから、それらの土地については農地法第八十条の認定、売払はできないので本件訴はその利益を欠く趣旨の主張をするが、被告は原告らに対して農地法第八十条の認定条件の売払義務を負つているから、かりに愛知県知事が売渡をしていても被告はそれを取り消させる権利と義務とを有しているのであつて、右主張は理由がない。

被告の主張は、本案前の答弁といいながら、その内容は専ら本案の審理に属するところの保留地の性格、農地法第八十条の認定、それを条件とする旧土地所有者優先買受権、その権利行使のための申請手続、それに対する行政庁の許否行為等一連の各段階における各行為の本質、その行政処分性の有無等に関する被告の主観的見解の開陳で、かかる事項につき答弁する以上、本案の答弁をしたことにほかならないから、本件は直ちに本案についての審理と証拠調とを開始せねばならない。

右のように述べた。(証拠省略)

被告指定代理人は、本案前の答弁として、原告らの本件訴を却下する、訴訟費用は原告らの負担とするとの判決を求め、その理由として次のとおり述べた。

一、本件土地は何れも国が自創法第三条に基きそれぞれ原告らから買収し、その後、愛知県知事が自創法施行規則第七条の二の三の規定により五箇年売渡保留地に指定した土地である。もつとも右保留地指定は昭和二十七年十月二十一日農地法施行規則の施行に伴う自創法施行規則の廃止により失効している。

二、原告らは、本件土地につき、昭和二十九年から三十年にかけてそれぞれ愛知県知事を経由して被告に対し原告ら主張の各申請をしたが、被告の補助機関である京都農地事務局長は、昭和三十年九月二十三日付三〇京農局第四、二二五号および同年十月七日付三〇京農局第四、七四七号をもつて愛知県知事に対し、原告らのした各申請はいずれも認め難い旨記して関係書類等を同県知事にあてて返送したので、同県知事は、その旨原告らに通知するとともに申請書類を返戻した。

なお、本件土地のうち別紙第二目録記載の土地を除いたものが、現在国有財産として被告により管理されている。

三、原告らの本件訴は、いずれも左の理由によつて行政処分が存在しないのに提起された不適法な訴である。

(一)  農地法第八十条の認定を求めた申請に対する不許可処分について。

農林大臣が農地法第七十八条の規定により同条所定の国有財産を管理するのは、これらの財産の本質をなす自作農創設および土地の農業上の利用の増進という公共的性格が、その財産の管理、処分と直接の関係を有するためである。即ち、右の国有財産は、本来これをその土地の耕作者その他の農民に売り渡して自作農を創設するため国が取得したものであり、前記のような公共的性格がその本質をなしている。

ところで、農地法第八十条に規定する農林大臣の認定行為は、国が、右のような目的で取得し、管理している財産について、新たな事情の発生等により、これらの財産から前記公共的性格を剥奪する行為であつて、農林大臣は全く国家的政策の見地にたつてこの認定を行うものであり、国民の申請に基いてはじめてその可否を決めるというものではない。したがつて、農地法第八十条の認定を求める申請は行政庁に対する単なる陳情の類にすぎず、右申請に対して行政庁が積極的もしくは消極的意思表示をなさなければならないものではないから、被告の補助機関が原告のした申請を拒否して書類を返戻したことは、単なる事実行為であつて、行政処分ではない。

また、農地法第八十条の認定は専ら国家政策的見地から行われるもので、いわゆる法規裁量行為とは異るし、かりに法規裁量行為であるとしても、積極的もしくは消極的認定をすべきかどうかは別の問題である。

なお、農林大臣が農地法第七十八条の規定により買収農地を管理するのは、法の理念にしたがえば、原則として農地法第三十六条による売渡処分の前提として行うものというべく、その管理していること自体同法第八十条の認定に関する消極的意思表示を潜在的に含んでいるということができるし、また、自創法施行規則第七条の二の三の規定は、農林大臣の管理権の範囲内で、買収農地を直ちに売り渡すことが自作農の創設および土地の農業上の利用の増進の目的を必ずしも達成させることにならないおそれがある場合に売渡を保留して、行政運用の円滑に資することとした任意的規定に他ならないから、本件土地を五箇年保留地にしたことが、農地法第八十条の認定を前提として管理しているというものではない。のみならず、前記のように保留地の指定は根拠規定の廃止によつて効力が失われている以上、農地法第八十条の解釈としては本件土地が売渡保留地であるかどうかの差別を設ける理由はないというべきである。

(二)  農地法第五条、同法施行規則第六条による借地権設定又は所有権移転処分を求める申請に対する不許可処分について。

農地法第五条の規定は農地の転用を統制するため、転用を目的とする農地の権利の移転、設定を都道府県知事又は農林大臣の許可にかからしめることとしているものであつて、農林大臣みずから権利を設定しまたは移転をする権能を含むものではない。即ち、既に存する当事者間の意思の合致を前提として、農地についての権利の移転、設定につき経済政策、農地政策の立場から許可または不許可処分を行うものである。それであるから、原告らが、同条の規定に基くものとして本件土地の借地権設定または所有権移転の処分の申請をしているのは、被告に不能の行為を強いるものというべきであるから、右申請は、実質的には農地法第八十条、同法施行規則第四十六条ならびに第五十条にからむ一種の陳情と解すべきであつて、被告の補助機関である京都農地事務局長がこれを返戻した行為は右陳情に対する回答というべきである。

(三)  農地法施行規則第四十六条に規定する貸付または第五十条に規定する売払の承諾を求める申請に対する不許可処分について。

(イ)  農地法施行規則第四十六条に規定する貸付は、農林大臣が管理する国有農地等について、自作農創設および土地の農業上の利用の増進という公共目的の下に買収がなされ、または所管換もしくは所属替がなされた以後の、事情の変更に伴う土地利用の調整の円滑化を期するための行政運用上の実際的措置として、一時貸付をしようとするものであり、何らそこに権力的な関係はないし、右貸付行為が支配的優位的立場で行われるものでもないから、同条の規定は、財産管理庁である農林大臣が、貸付の相手方と対等の立場に立つて、双方の意思の合致により成立する私法上の貸借契約の締結をする場合の処理方法を定めたものとみるのが相当である。したがつて、貸付を求める原告らの行為は民法上の申込であり、本件において原告らからの申請書類を返戻したのは、右申込に対する不承諾であつて、これを行政処分ということはできない。

かりに、農地法施行規則第四十六条の申請に対してなされる貸付行為が行政処分だとしても、同条に基く申請に対しては、行政庁は何らかの積極もしくは消極的な行為をすることは要求されていないから、貸付をすることを不適当として申請書類を原告らに返戻した措置は行政庁の事実上の行為にすぎないというべく、これを行政処分ということはできない。

(ロ)  農林大臣が農地法施行規則第五十条の規定によりなす売払行為は農地法第八十条の認定があつてのち、前記三、(一)において述べたように、右認定によつて公共的性格を失つた国有財産を管理する農林大臣が、旧土地所有者らの買受申込に対してなす承諾行為であつて、純粋に民事的性格をもつ行為である。その売払手続、処理方法等に法規上の制約はあるが、これは国家機関がなす行為であるためであつて、売払は農林大臣が行政処分庁たる地位においてなすものではない。したがつて、原告ら主張のように、農地法施行規則第五十条による売払の承諾を求める申請に対する不許可処分というものはあり得ないのであるから、原告らの提出した右申請書類を原告らに返戻した行為は、いわゆる申込に対する不承諾であつて、行政処分ということはできない。

かりに農地法施行規則第五十条の申請に対してなされる売払行為が行政処分であるとしても、同条に基く申請に対しては行政庁は何らの積極もしくは消極的な行為をすることは要求されていないから、申請書類を原告らに返戻した措置は、行政庁の事実上の行為にすぎず、これを行政処分ということはできない。

四、以上のように、原告らがその取消を求めるという行政処分は、いずれも存在しないから、原告らの本件訴は却下されるべきである。

五、さらに、本件土地のうち、別紙第二目録記載の土地は既に農民に売り渡されており、被告の管理する国有財産ではなくなつているから、被告は、それらの土地につき、農地法第八十条の認定および売払をすることができなくなつているから、原告らの本件訴は、それらの土地については訴の利益を欠くものとして却下を免れない。

右のように述べた。(証拠省略)

理由

一、農地法第八十条第一項の認定処分を求める申請に対する不許可処分の取消を求める部分について。

農地法第七十八条によれば、同法第九条によつて買収された土地は、農林大臣が管理するものと定められている(本件土地が自創法第三条によつて買収されたことは当事者間に争がないところ、同条による買収土地は同法第四十六条第一項によつて農林大臣が管理し、農地法の施行に伴い、同法施行法第五条により、右農地は、農地法第四章第七十六条ないし第九十一条の適用については国が同法第九条の規定により買収したものとみなされる。)。農地法は耕作者の地位の安定と農業生産力の増進とを図ることを目的とし、買収小作地は現に耕作する者で自作農として農業に精進する見込があるものに売り渡すことと規定している(農地法第三十六条)。買収小作地である国有財産は、その意味で公共的性格を有しているために、農地法はこれを農林大臣をして管理させているものということができる。しかし、農地法第八十条は、それらの土地でも自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当と認めたときには売払をすることができる旨規定している。

もとより、農地の買収は、買収当時において、近く農地以外のものとすることを相当とする場合にはこれを行うことができないものと解すべきであるから(農地法第七条第一項第三号、自創法第五条第五号)、農地法第八十条の売払とは、前記のような目的のもとに買収した農地について、新たな事情(農地法施行令第十六条参照)が発生したために自作農の創設および土地の農業上の利用の増進という本来的目的に供することが不相当となつた場合の、極めて例外的なことと解することができる。そして、そのような事情の発生によつて農地買収の本来的目的としての公共的性格はすでに実質的に消滅し、農林大臣が農地法第八十条の定めるところによつてする認定行為によつて名実ともに失われ、これを買収の対価に相当する額で買収前の所有者に売り払われねばならないことになると解することができる。

ところで、農地法第八十条第一項に定める認定行為が、右に述べたようなものである以上、農林大臣は農地法の目的と買収土地の経済的、自然的条件とを比較検討したうえで農地法第八十条第一項の認定を行うのであつて、この場合、本来自作農創設土地の農業上の利用の増進という公共的目的のみのために買収された土地が、その後の事情によつてその目的にそわなくなつたにも拘わらず、漫然、農林大臣が管理するということ自体農地法の目的に反し、又、国がかかる買収農地を保有する合理的根拠は何ら存在しないのみならず、その公共的目的のために所有権を奪われた買収前の所有者は公共目的の喪失ののちも、回復されるべき権利を理由なく害されているということができる。従つて、かかる場合、農林大臣は速かに農地法第八十条の認定をなすべき職責を有するものと解すべく、他方、旧所有者は前叙の如き公共の目的のみのために買収を甘受せざるを得なくされたものであるから、かかる目的の消滅後、農林大臣が農地法第八十条の認定をせず、又は目的消滅の有無につき見解を異にする場合は、農林大臣に対し右認定を求めるにつき法律上の利益を有するものと解しなければならない。このことは、土地収用法にみられる如く、国が私人の権利を強制取得する場合にはそれぞれ特定の具体的な公共的目的を要し、かつその目的ごとに強制取得手続を厳密に法定していることから毫も疑がないというべきである。憲法第二十九条の法意は右のような意味をも包含するものと解しなければならない。

したがつて、原告が農地法第八十条第一項に定める農林大臣の認定を求めたのに対し、被告の補助機関である京都農地事務局長が申請を拒否して書類を返戻した行為は、右認定を行わない旨の、原告らの申請を排斥した、行政処分であるというべきである。

勿論、買収当時の所有者から認定を求める行為のない時でも、農林大臣みずから農地法第八十条の認定をしてこれを所有者に売り払うことは可能のことであるが、そのことは右認定行為を行政処分であると解することにつき妨げとはならない。又、農地法上右認定を求める申請等に関し何らの規定も存しないことは被告主張のとおりであるが、そのことの故に前所有者が認定を求める法律上の利益を有しないと解することは正当でないし、その故に認定行為が行政処分でないということも正当ではない。

なお、被告は、本件土地中別紙第二目録記載の土地はすでに農地法第三十六条により農民に売り渡されていると主張し、この点については原告らも明らかに争わない。してみると、本件土地につき原告らがした農地法第八十条の認定申請を、被告が以前却下したことが仮りに違法であつたとしても、第二目録記載の土地は現在既に売渡保留地ではないから、被告としては、それらの土地につき同法第八十条の認定および売払をすることができないわけであるので、原告らとしては本件訴によつては具体的な利益を受け得ず、本件訴のうち右土地に対する部分は、結局、訴の利益を欠くものとして却下を免れないものといわざるを得ない。勿論、第二目録記載の土地について農地法施行令第十六条所定のような事実その他農地法第八十条の予想する事実が存在したとするならば、被告はそれらの土地を旧所有者に売り払うべき職責を有するものであると解すべきことは原告ら主張のとおりである。したがつて、原告らとしては、被告が農地法第八十条の認定をなすべき土地を農民に売り渡したならばそのことを理由に別訴をもつてこれが売渡処分を違法として知事を相手にその取消又は無効確認訴訟を提起し得る筋合である。

要するに、本件訴のうち農地法第八十条の認定処分を求める申請を拒否した処分の取消を求める部分は、本件土地中別紙第二目録記載の土地については訴の利益を欠くものとして却下を免れないが、その余の土地については適法である。

二、農地法第五条、同法施行規則第六条による借地権設定又は所有権移転処分を求める申請に対する不許可処分の取消を求める部分について。

農地法第五条(同法施行規則第六条は同法第五条の許可手続を定めるもの)は、農地の転用を統制するため、私人間における転用を目的とする農地の権利の移転、設定について、都道府県知事又は農林大臣が農地政策の立場から許可もしくは不許可の処分を行う旨の規定であり、それにつきる。この規定によつて、被告もしくは都道府県知事を当事者として借地権の設定もしくは所有権移転処分を求めることは、右規定の予想しないところであつて、被告の補助機関である京都農地事務局長が右規定に基く申請の書類を返戻したとしても、原告の主張に対応する何らかの行政処分がなされたというようなことはできないし、農地法第五条、同法施行規則第六条は、農地法第八十条と関連を有し、その前提としての実質的手続的規定であるという原告の主張は首肯することができない。

よつて、この点に関する原告の請求は対象たる行政処分を欠く不適法な訴で、却下を免れない。

三、農地法施行規則第四十六条の貸付又は同第五十条の売払の承諾を求める申請に対する不許可処分の取消を求める部分について。

(一)  農地法施行規則第四十六条に規定する貸付は、農地法第七十八条第一項によつて農林大臣が管理する国有農地等について、農林大臣が買収以後の事情の変更により、農地法の目的とてい触しない範囲で一時耕作等の事業以外の事業について一時貸付をしようとするものであつて、農林大臣が貸付の相手方と対等の立場において貸借契約を締結する場合の処理方法を定めた規定で、民法上の契約の性質を有するものと解するのを相当とする。原告主張のように、農林大臣が優位の立場においてなす公法行為であると解すべき根拠に乏しい。よつて右貸付行為が行政処分であることを前提とする主張は、結局、不適法として却下せざるを得ない。

(二)  農地法施行規則第五十条は、農林大臣が管理する土地につき農地法第八十条第一項の認定があつた後の手続に関する規定である。

したがつて、右認定がなされる前に、同法施行規則第五十条に基くものとしてこれが申請書類を提出し、それが被告の補助機関である京都農地事務局長により返戻されたとしても、それは同規則第五十条に対応する何らかの処分があつたということはできないから、結局、対象たる行政処分を欠く不適法な訴で、却下を免れない。

四、よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤完爾 入山実 秋吉稔弘)

(別紙目録省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例